日本臨床分子医学会の概要

東京大学吉利和教授と大阪大学山村雄一教授は、臓器別に分化し、しかも形態学中心であった1960年代はじめの臨床医学研究に新しい息を吹き込むべく、各臓器組織を代謝学という共通の主題で横に繋ぎ、機能という切り口でダイナミックに疾患を追求しようという理想を掲げられました。両先生は、このような考えを普及させるために、1964年(昭和39年)に臨床代謝学会を設立し、第一回の学術集会を1964年(昭和39年)3月29,30日に東京で開催しました。当時急速な発展を示していた生化学をもとにした代謝学を臨床の場で病態解明、疾患のメカニズム解明に応用することを目的として、基礎医学、臨床医学の双方向からお互いに情報交換が出来る研究会として大きな注目を浴びました。その後長年に渡って、今で言うpatient oriented-researchからの疑問を、basic scienceの力で解決するシステムを啓発、促進する学会として大きな使命を果たしたと思います。

しかし、近年の研究手法の進歩はめざましいものがあり、いわゆる代謝学も、それを司る機能分子、それをコードする遺伝子、さらには遺伝子発現を制御する転写因子など一気に分子生物学の時代に発展しました。そのような背景をもとに、本学会も1999年矢崎理事長時代に理事会、評議員会で、長時間の議論の結果、代謝学という名称を分子医学に改め臨床分子医学会と称することに決まったのです。現在、年次学術講演会は1964年からの通しで数えられ、本年の福岡市で開かれる会は実に第41回臨床分子医学会(名和田会長)となっていますが、新しくなってからは第5回となります。

本学会の基本概念は、創設時と同様、広い範囲のpatient-oriented research, disease-oriented research から出た疑問をbasic science で解決することを目的とするための情報交換の場を提供することです。この学会によって、わが国の臨床医学研究のレベルを上げるとともに、多くの学会が専門分化し、ある限られた臓器分野に特化した討論の場になっているのとは違って、広い臨床専門分野を網羅した横断的な研究を促進する学会としても大きな使命を果たそうとしています。しかも近年の分子医学手法のめざましい進歩によって、臨床医学の基盤さえしっかりしていれば多くの病態メカニズムの解明が容易になるとともに、それらの分子メカニズムを標的にした治療法の開発の焦点が絞りやすくなってきました。本学会の特徴の一つとして、毎回translational research forum セッションを設け、医学研究者と企業研究者とで分子標的治療薬の開発を目指した情報交換を行っています。つまり本学会はある限定した医学分野の情報だけではなく広い範囲の臨床医学と分子医学の融合であり、最新の分子医学情報を知りたい臨床家にとっても、医学研究の方向性を知りたい研究者にとっても、創薬を目指す企業の研究者にとっても極めて有用な学会であると自負しています。

是非、本学会の年次学術総会に参加し、また入会されることを期待しております。

元日本臨床分子医学会理事長    松澤佑次